夕方、買い物を終えて家へ向かう途中。
子どもに「抱っこして」と手を伸ばされたものの、荷物は重く、肩も腰も限界。「もう歩けるでしょう」と答えたら、子どもはしょんぼりしてしまった——。
そんな日の夜、「少しくらい無理をしてでも抱いてあげた方がよかったのかな」と自分を責めてしまうことはありませんか。
抱っこは、親子が気持ちを通わせる大切な方法です。一方で、親が痛みや疲れを我慢し続けることまでが、よい子育てなのでしょうか。
今回は、愛着形成や幼少期の親子関係に詳しい子育ての専門家の佐藤さんとの対話を通して、抱っこを求める子どもの気持ちと、無理をしない応え方を考えます。後半では身体面の疑問について、「体軸の教室」を運営し、イス軸法®インストラクターとして活動する渡辺さんにも聞きました。
2〜4歳、歩けるのに「抱っこ」はなぜ?

ママ: うちの子はもう自分で歩けます。それでも、疲れたり機嫌が悪くなったりすると、すぐに「抱っこ」と言うんです。歩きたくないだけなのでしょうか。
佐藤さん: もちろん、単純に疲れていることもあります。ただ、子どもが抱っこを求める理由は移動だけではありません。
眠い、心細い、知らない場所で緊張した、うまく言葉にできない出来事があった。そんなとき、信頼している大人に触れることで、気持ちを整えようとする子もいます。
ママ: 抱っこは「運んでほしい」というお願いとは限らないのですね。
佐藤さん: そうです。「少し近くで安心したい」というサインの場合もあります。歩ける年齢になったからといって、甘えたい気持ちまで卒業するわけではありません。
抱かれて落ち着いた後、また自分から歩き出すこともありますよね。子どもにとって抱っこは、次の行動へ移る前に気持ちを立て直す時間にもなります。
ママ: 抱っこを求めると「甘やかしすぎでは?」と言われることがあります。
佐藤さん: 求められた抱っこに応えたことだけを理由に、「自立できなくなる」と心配しすぎなくて大丈夫です。甘えを受け止めることと、生活上の決まりを伝えることは両立できます。
たとえば「横断歩道では歩こうね」「お店を出たら少し抱っこしよう」と、状況に応じた約束を一緒に作ることもできます。
ママ: 抱っこすると、さっきまで泣いていた子どもの体から、ふっと力が抜けることがあります。気分が変わっただけなのでしょうか。
佐藤さん: 気持ちだけでなく、体の反応も関係していると考えられます。早産児と保護者を対象にしたスキン・トゥ・スキンの研究では、触れ合っている間に親の唾液中オキシトシン値が上昇し、唾液中コルチゾール値と不安感が低下したことが報告されています。
ただし、これは新生児集中治療室にいる早産児と保護者を対象にした小規模な研究です。結果をそのまま、歩ける年齢の子どもへ当てはめることはできません。抱っこをすれば毎回同じ変化が起きる、という意味でもありません。
ママ: 「抱っこには正解の回数がある」ではなく、触れ合いによって親子の心身が落ち着くこともある、ということですね。
佐藤さん: はい。WHOも、幼い子どものサインに気づき、理解して応える「応答的な関わり」を、子どもの発達を支える養育の基盤の一つに挙げています。抱っこだけに限定せず、子どもの今の様子を見ながら応えることが大切です。
参考:親子のスキン・トゥ・スキンとオキシトシン・コルチゾールの研究(PubMed)/WHO「Nurturing Care Practice Guide」
たくさん抱けば、将来も安心できる子になりますか?
ママ: 小さいうちにたくさん抱っこすると、将来の心の安定につながると聞きました。本当でしょうか。
佐藤さん: 幼い子どもが、困ったときに頼れる大人との関係を育てることは大切です。泣いたり不安を示したりしたときに、声をかけてもらう、近くに来てもらう、抱いてもらう。そうした経験の積み重ねは、「この人に助けを求めてもよい」という感覚につながります。
このような特定の大人との情緒的な結びつきを、心理学では愛着(アタッチメント)と呼びます。
ママ: では、抱っこの回数が多いほど、よい愛着が育つのでしょうか。
佐藤さん: 愛着は、抱っこの回数を数えて評価するものではありません。「一日に何回」「何分以上」という合格ラインもありません。
大事なのは、子どもの様子に気づき、そのとき可能な形で応えようとする関係です。抱っこは、その方法の一つ。話を聞く、目線を合わせる、一緒に喜ぶ、怖かった気持ちを言葉にしてあげることも含まれます。
ママ: 親子の関係が、将来の性格を決めるわけではないのですね。
佐藤さん: その通りです。幼少期の経験は発達に関わりますが、抱っこの量だけから将来の性格や能力が決まるわけではありません。
頼れる大人がいるという感覚は、子どもが周囲を確かめたり、新しいことを試したりするときの支えになり得ます。ただし、子どもの成長には、気質、家族以外との関わり、その後の経験など、さまざまな要素が関係します。
抱っこできない日は、愛情不足になりませんか?

ママ: いちばん心配なのはそこです。疲れて断ってしまうと、「この子の気持ちを拒否したのでは」と罪悪感が残ります。
佐藤さん: 一度応えられなかったことだけで、それまでの親子関係が決まるわけではありません。親にも体調や都合がありますし、いつでも同じ対応をするのは現実的ではありません。
断るときは、子どもの希望をなかったことにせず、まず気持ちを受け取ってみてください。
ママ: たとえば、どのように伝えたらよいですか。
佐藤さん: 「抱っこしてほしいんだね。今日は腰が痛いから、あのベンチでぎゅっとしよう」のように、気持ちを言葉にしてから、今できる方法を提案します。
ママ: 立ったまま長く抱かなくてもいいのでしょうか。
佐藤さん: もちろんです。親子が触れ合う方法は一つではありません。
- 座って膝の上に乗せる
- 隣に座り、肩を寄せる
- 短い時間だけ抱きしめる
- 手をつないでゆっくり歩く
- 背中をさすりながら話を聞く
- 「家に着いたら抱っこしよう」と見通しを伝える
- もう一人の保護者や家族に交代してもらう
子どもの希望どおりにできないときにも、「あなたの気持ちは分かっているよ」と伝えることはできます。
ママ: 余裕がなくて、「今は無理!」と強く言ってしまう日もあります。後から話しても、もう遅いでしょうか。
佐藤さん: 遅くありません。親子で過ごしていれば、気持ちがすれ違うことはあります。少し落ち着いてから「さっきは抱っこしてほしかったんだね」「大きな声になってごめんね」と伝え、改めて隣に座ったり、抱きしめたりすることもできます。
一度もすれ違わないことを目指すより、すれ違った後にどう近づくかを考えてみてください。その日のうちに難しければ、寝る前や翌朝でも構いません。
ママ: その場でうまくできなくても、関係を結び直す機会は残っているのですね。「抱くか、我慢させるか」の二択ではないのですね。
佐藤さん: はい。応え方を変えることは、愛情を減らすことではありません。親が自分の限界を把握し、無理のない方法を選ぶ姿も、家庭の大切な営みの一部です。
抱っこしてあげたい気持ちに、体が追いつかない

ママ: 気持ちの面では少し楽になりました。でも実際には、数分抱くだけで腕が張り、腰までつらくなります。
佐藤さん: 子どもは荷物のように同じ姿勢ではいてくれません。のけぞったり、急に片側へ体重をかけたりします。抱く側は、その動きに合わせて姿勢を調整し続けています。
ママ: いつも同じ側の腰に乗せてしまいます。
佐藤さん: 片側へ重さが偏る抱き方や、腰を反らして支える姿勢が続くと、特定の場所へ負担が集まりやすくなります。左右を入れ替える、抱っこひもの位置を見直す、座って休むなど、道具や環境も使ってください。
痛みやしびれが強い、長引いている、日常動作に支障がある場合は、抱き方だけで解決しようとせず、医療機関などへ相談しましょう。
抱き上げるときの姿勢や道具の使い方は、関連記事「抱っこ腰痛を防ぐ神対策!ママの体が楽になるボディメカニクスと体軸とは」でも紹介しています。
ママ: 体を鍛えないと、抱っこは楽にならないのでしょうか。
佐藤さん: 筋力は助けになりますが、それだけが選択肢ではありません。筋トレによる変化には、ある程度の継続も必要です。一方、抱っこは今日も明日もあります。
休む、抱っこひもの位置を見直す、家族と交代する。そのうえで、今ある力をどのように使っているかを確かめる方法もあります。
ママ: 「鍛えてから抱っこに備える」以外にも、今日できることがあるのですね。
佐藤さん: はい。筋力をつけることと、体の使い方を見直すことは、どちらか一方を選ぶ話ではありません。ここからは身体面について、体軸の考え方を伝えている渡辺さんにも聞いてみましょう。
体の軸を使って「力を一か所に集めない抱っこ」
ママ: 渡辺さん、抱っこのために筋トレを始めた方がよいですか。
渡辺さん: 筋力をつけることには意味があります。ただ、同じ体力でも、どこか一か所を固めて支えるのか、全身を使うのかで、動きやすさは変わります。
ママ: 「体軸」というと、背筋をぴんと伸ばして動かない姿勢を想像します。
渡辺さん: 体軸ができると、体の正しい使い方がしやすくなります。背筋を伸ばした形を無理に保つこととは違います。抱っこでは、腕や腰だけで耐え続けず、立つ、向きを変える、歩くといった動作を全身で行うことが大切です。
ママ: 子どもが急に動くと、肩や腰をガチッと固めてしまいます。
渡辺さん: 上半身の一部だけを固めると、固めた場所へ負担が集まりやすくなります。まずは、自分がどこに力を入れているかに気づくことからです。
ママ: イス軸法では、どんなことをするのでしょう。
渡辺さん: 椅子を使った短い動作を行い、その前後で立ちやすさや体の安定感を比べます。長期間鍛えてから確認するのではなく、その場で自分の体の使い方に気づくきっかけを作る方法です。
ママ: 体軸が整えば、誰でも抱っこが楽になりますか。
渡辺さん: 感じ方には個人差があります。抱っこの負担がどの程度変わるかについては、今後の客観的な検証も必要です。痛みを我慢して続けるものではありませんし、抱っこひもや休憩、家族との交代と組み合わせて考えてください。
体軸やイス軸法について詳しく知りたい方は、体軸の教室・インストラクター紹介もご覧ください。
抱っこに応えられない日も、親子の時間は続いていく
ママ: 「抱っこして」と言われたら、毎回かなえなければいけないと思っていました。
佐藤さん: 抱いてあげられるときは抱く。それが難しいときは、理由を伝えて別の方法で近づく。大切なのは、完璧な対応ではなく、親子でその日の答えを探していくことです。
ママ: 今日は立って抱けなくても、座って抱きしめることならできそうです。
佐藤さん: それで十分伝わることがあります。短くても目を合わせて「抱っこしてほしかったんだね」と言葉を添えれば、子どもは自分の気持ちを受け取ってもらえたと感じやすくなります。
抱っこを大切にしたいと思う気持ちと、自分の体を守ることは、どちらかを諦めなければならないものではありません。
立って抱く、座って寄り添う、手をつなぐ、誰かに頼る、体の使い方を見直す。選択肢を増やしながら、親子に合う触れ合い方を見つけていきましょう。
